今年も残すところあと数日となりました。2025年の状況を振り返り、皆様とこの一年を共有したいと思います。
1.年末に起きた「におい」ニュース
2.官能評価の動向
3.ISO・JIS関連の更新情報
1.年末に起きた「におい」ニュース
年末になり「におい」関連で大きなニュースが2つありました。1つは食品、もう1つはコスメ(乳液)でした。
食品の方は大規模な回収が実施され、コスメの方は「返品をご希望されるお客さまには返金対応」という対応がされています(執筆時点:2025年12月29日)。
どちらも安全性に問題ないと判断されましたが、2社の対応方針は異なりました。
メーカーの対応による消費者反応の違い
YahooニュースやXなどのコメント欄を見ると、2社の対応について消費者の印象は大きく異なることがわかります。
食品・大規模回収対応の場合:
「素晴らしい対応」「気にしすぎ」「もったいない」「どんな味か食べてみたい」など、非難的な内容は少ない傾向でした。
コスメ・返品希望者のみ返金対応の場合:
「リコールすべき」「顔面にカメムシがついた感じ」などネガティブな内容が多く見られました。
品質管理からの視点:損失関数と経済性
品質工学のタグチメソッドでは「損失関数」という考え方があります。ある商品特性について、目標値と生産された商品の平均値が乖離すればするほど、2次関数的に損失が大きくなり、その影響を金額で表したものです。品質管理で用いられる「目標値を考慮した工程能力指数Cpm」は、この損失関数の考え(乖離の二乗を反映)を応用した指標です。
もし、今回の「(イヤな)におい」が品質管理上で測定されており、それらから損失関数を計算できるのであれば、経済的な面からリコール判断ができたでしょう。
しかし、経済性に加えてブランドイメージの毀損という問題があります。SNSで少数の意見が発信され、あっという間に拡散される現代において、「少数の意見だから大丈夫」という判断は通用しません。イメージダウンから大きな売り上げロスへと連鎖することもあるでしょう。
SNS時代の品質管理戦略
メーカーのお客様センターに問い合わせてくる人よりも、手軽にSNS投稿する人のほうが圧倒的に多く、その影響も大きいです。SNSはマーケティングだけではなく、不満や不具合の芽を摘むための探索の場としても活用することが必要です。
今回のような商品の「におい」を検査する方法には「機器分析」と「官能検査」があります。
機器分析の特徴:
- 測定対象(ターゲット成分)を事前に決める必要がある
- 測定に時間がかかることがある
- 「想定外のにおい」に対しては無力である場合が多い
官能検査の特徴:
- 総合的な判断が可能
- 「想定外のにおい」に対しても、評価パネルが検出できる程度の強度(閾値以上)があれば、出荷判断を適切に下すことができる
機器分析の技術発展により官能検査の代替化も進んできましたが、現在の技術では今回のような「想定外のにおい」の検出は難しく、官能検査の方が有効でしょう。
年初の品質管理マニュアル確認項目
皆様の会社でも年初の始業時には、品質管理のマニュアル等を確認してはいかがでしょうか。特に以下の3点をお勧めします。
- 適切に官能検査が行われているか
(手順や環境は標準化されて、適切に運用されていますか?) - 官能検査の方法が目的に合致しているか
(製品の特性や重要度に応じた最適な手法が選ばれていますか?) - 想定外の変化を検出できるか
(日常的な品質チェックに加えて、異変を早期に察知する体制は整っていますか?)
市場の目は厳しくなり、少数の声もSNSで瞬時に拡散される時代です。期待される商品性は高くなっております。安全性はもちろんのこと、感覚的な商品性(味・食感・におい)の管理も気を付けたいですね。
2.官能評価の動向
今年は官能評価分野で注目すべきイベントが2つ開催されました。
- Pangborn 2025:8月にフィラデルフィアで開催
- 日本官能評価学会第30回(2025年)記念大会:11月に開催
官能評価学会記念大会ではニュージーランドの教授がオンラインで講演をし、Pangbornでも多くのニュージーランド研究者が発表し、ポスターが展示されました。ニュージーランドの勢いを感じる2つの大会でした。
官能評価分野の3つのホットテーマ
官能評価分野の動向として特筆すべき点を3つ選びました。
1.テクノロジーの応用
2.サステナビリティと代替プロテイン
3.消費者の心理と健康
1.テクノロジーの応用
テクノロジーの応用は、非常にホットなテーマです。経済ニュースでAI関連のニュースを目にしない日はないくらいです。仮想現実やメタバースといった研究分野は、以前ほどではないですがまだまだ興味の高い分野です。しかし、Meta社(旧フェースブック)もAIに集中する方針を出しており、ビジネスとしてはAIにシフトしている会社が多いようです。
AI / 機械学習:消費者嗜好の予測、データ分析の自動化、チャットボットによる調査
Virtual Reality(VR)/ 没入型環境:仮想現実環境での知覚評価、購買行動シミュレーション、宇宙環境など特殊環境のシミュレーション
Digital / スマートセンシング:デジタルツールやスマートセンサーによるリアルタイム行動データ収集、詳細なデータの取得
2.サステナビリティと代替プロテイン
最近は身近なお店でも代替肉や昆虫食を購入できるようになってきました。農業・畜産・水産は天候や疾病の影響を受けるため、安定的な供給が難しいのは人類の課題です。日本でもカカオが高騰しており、トップバリュがカカオを使用しない代替チョコを販売したのも今年の夏でした。
Plant-based(植物性食品):植物性ミルク、肉代替品、チーズなどの感覚特性と消費者受容性の研究
Cultured meat / Cell-cultivated(培養肉):培養肉に対する消費者の態度やラベルの影響に関する研究
Sustainable / Upcycled(持続可能性):持続可能な食品、アップサイクル食品(廃棄物の再利用)、昆虫食への関心
3.消費者の心理と健康
以前からのテーマですが、さらに細かくカテゴリーを分けて理解を深めようという動きが活発です。「健康・医療に必要」という理由から、「より良い生活を実現するため」という理由へシフトしてきています。
Emotion / Well-being(感情と幸福度):食品が引き起こす感情や、幸福感との関連性
Cross-cultural / Global(文化的多様性):文化や国籍による嗜好の違い。グローバルな調査手法の調和
Aging / Life stages(ライフステージ別):高齢者、子供、妊婦など、特定のライフステージにある人々の感覚特性
官能評価手法の進化と実務の変化
傾向として手法が大きく変わっていませんが、既存の手法(QDA、TDS、CATA、プリファレンスマップなど)の評価対象が広がりを見せているという印象です。特にTDSやCATAで感情を測定する事例が増えています。
また、実務上では大手企業が採用していた手法を中小企業でも実施するようになってきています。
一方で大企業は官能評価業務をアウトソーシングしたがっており、中小企業は社内で評価体制を構築しようとしております。サプライヤーが官能評価業務を実施している場合は、大企業はサプライヤーに官能評価データを要求することが増えています。
前述の「におい」の件がありましたので、一時的に大企業のアウトソーシング方針は撤回されるかもしれませんが、トレンドが変わらなければ数年内にアウトソーシング方針に戻ってくるでしょう。
3.ISO・JIS関連の更新情報
今年2025年に新たに公開されたISO規格は2つでした。どちらも更新版となります。
この2つの規格は「コーヒー」と「パスタ 」に特化した規格となるため関連しない商品群に携わる人以外は必須というわけではなさそうです。
ISO 18794:2025(1stEd:2018)
Coffee - Sensory analysis - Vocabulary
Publication date : 2025-11
Edition : 2
Number of pages : 12
ISO 7304-1:2025(1stEd:2016)
Durum wheat semolina and alimentary pasta – Estimation of cooking quality of alimentary pasta by sensory analysis
Part 1: Reference method
Publication date : 2025-11
Edition : 2
Number of pages : 9
また、開発中の規格が3つあり、1つは新規の規格でした。評価室(ISO8589)やDuo-trio(ISO10399)は2024年末にも開発中として紹介しましたが、最終段階にあるようなので2026年には発行されるでしょう。
(開発中のISO規格)
ISO/DIS 8589(3rd)
Sensory analysis - General guidance for the design of test rooms
ISO/FDIS 10399(4th)
Sensory analysis - Methodology - Duo-trio test
ISO/AWI 5877(新規)
Sensory Analysis - Methodology - General guidance for conducting perception tests with consumers in real or simulated usage/consumption situations
新規規格の「ISO/AWI 5877」は、表題をgoogle翻訳すると「実際の使用状況または消費状況をシミュレートした状況で消費者に知覚テストを実施するための一般的なガイダンス」となり、概要より「非管理条件下のテスト」や「管理下のシミュレートされた使用状況」「仮想現実でのテスト」などについての規格となるようです。
VRゴーグルやメタバースといった仮想現実下のテスト用の規格を検討しているというのは、非常に興味深いですね。VRは既に普及した技術となってきているのでしょう。
企業ごとに様々な取り組みがされていますが、「ISO/AWI 5877」規格が発行されることでVR下で取得したデータの共有化が進むと期待されます。実際は、デバイスやプラットフォームの供給者次第のところが大きいと思いますが、仮想現実下の調査というものがもっと身近なものになっていくのかもしれません。
個人的な意見としては、現状のVR装置では実際の環境を統制できないため官能評価の代替には不十分だと考えていますが、オンラインアンケートでは、よりリッチな情報収集を可能にする有効な選択肢になるでしょう。
今後に期待です。
最後に弊社の振り返り
最後に今年の弊社の活動も振り返ってみます。
1つ目は、喫食量モニタリング装置(BRIQ)のサービスを公開いたしました。これは、食事中の喫食量やスピードなどを記録し、食行動パターンをデータ化する装置です。徐々にですが利用データや活用事例が増えてきております。
2つ目は、ここ数年継続的にAI導入を進めています。弊社のAI体制は現実的に稼働しており非常に有効に活用しています。弊社の場合は、AIを「業務の合理化」というより「アウトプットの質を高めるため」に活用している状況です。GPT・Gemini・Claudeなどの高機能LLMモデル(オンライン)に加えてローカルLLM(社内PCで稼働)と2本構えの体制です。
3つ目は、受託評価事業の再稼働を準備しています。コロナ以前は、受託業務で官能評価を請け負っておりましたが、コロナ発生の際に受託評価事業を停止しておりました。お客様の要望次第とは思いますが、事業の見込みが立つようであれば受託評価事業を再開したいと考えています。
2026年は、フィジカルAI(物理世界とAIの融合)と官能評価の可能性を模索していきたいですね。
本年も大変お世話になりました。
来年も何卒宜しくお願い致します。
